『幻の楽器ヴィオラ・アルタ物語』(平野真敏著)という本を読んだ。
「ヴィオラ・アルタ Viola Alta」とは、ボディの長さが47cmの大型ヴィオラ。
ドイツのヴィオラ奏者ヘルマン・リッター(Hermann Ritter, 1849-1926)が1876年に発表した「ヴィオラの改良種」。
この本によると、ヴィオラ・アルタの音は一般的なヴィオラに聴かれるような鼻にかかった音ではなく、
「ドイツ的に澄み切った発音をする」(同書p.139)らしい。
ヴァーグナーは1876年3月28日のリッターに宛てた書簡の中で以下のように述べている。
[前略] 今までのヴィオラは、鼻にかかった音が、私のオーケストラの美適様式感と相性が悪い場合がありました。
とくに管楽器や舞台上の歌手と絡むメロディでは今までのヴィオラには違和感がありました。
あなたの楽器はその点を見事に克服し、私は次のバイロイトでのオペラにこの楽器を採用したいと思っています。
著者平野真敏氏の演奏によるショパン「チェロ・ソナタ」
http://www.youtube.com/watch?v=wPZT6Up_VvI
次に、第4章以下で登場するもう一人のヴィオラ・アルタ奏者、カール・スミス(Carl Smith)が演奏するアラン・ホヴァネス(Alan Hovhaness, 1911-2000)の作品。
ちなみにヴィデオの前半で女性が弾いているヴィオラは、ヴィオラ・アルタ以前の44cmモデルで、ガスパロ・ダ・サロ(Gasparo da Salo, 1540-1609)作のコピーとのこと。
http://www.youtube.com/watch?v=yIePC4HnDDM
Wagner: Tannhäuser, 'Lied an den Abendstern'
Schubert: Rosamunde, Zwischenaktmusik
「著者に会いたい」より
http://book.asahi.com/reviews/column/2013030600006.html
平野真敏さん(45歳)
端正な音、未来へつなぎたい
世界にも数少ないビオラ・アルタ奏者である。その楽器をひとことで言うなら、廃れてしまった大型のビオラ。音色にはチェロのようなつやがあり、くぐもった響きのビオラとは持ち味が違う。「端正な音です。ビオラのようで、ビオラとは違う世界がある」。楽器との出会いから、数々のエピソードを掘り起こすまでのドラマを、本書につづった。
東京芸術大でビオラを学び、ドイツに留学。帰国後の2003年のある日、東京の楽器店で、ビオラにしては大きすぎ、チェロにしては小さすぎる、見慣れぬ楽器を見つけた。借り出して調べ上げ、ドイツのビオラ奏者ヘルマン・リッター教授(1849〜1926)が19世紀末に考案した楽器の現物と突き止める。
関心は眠れる記憶も呼び覚ます。昔練習したリスト「忘れられたロマンス」の楽譜に、リッターにあてた献辞があったことを思い出した。普通のビオラより高音が出せる5番目の弦を張った痕跡から、リヒャルト・シュトラウスのオペラ「エレクトラ」で、ビオラ奏者がバイオリンに持ち替えて弾く部分があるわけも納得した。
「もともとは5弦のビオラ・アルタを想定したのでしょう」
ワーグナーもほれこみ、バイロイトのオーケストラに導入しようとしたほど。だが、肩に載せて弾くには大きいからか、リッターの死後は使われなくなる。
そんな楽器と21世紀の日本で巡り合ったことに縁を感じて、「伝道師」に。「理想のビオラを求めた先人の努力に、時を超えて共振したから。この楽器の過去と未来を結ぶ、線路のつなぎ目になりたい」。リッターの著作の翻訳にも、じっくり取り組むつもりだ。